神道のご先祖供養について
神道のご先祖供養、仏教との違いなどについてご紹介します。
神道には多くの説がありますので、下記の事柄はその中の1つとしてお考え下さい。
もくじ
神道(祖霊)について
神様の御霊(みたま)を『ひ』と呼びます。
人は生まれてこの世に生を受ける時、「体」に「ひ」が入ってくると言われています。
「ひ」が「くる」ことで「ひ・くる」。
これが訛って「いきる」という言葉が生まれました。
また、熱い「火」も御霊の「ひ」とつながるところがあり、このことから人は「ひ」が入る(生きる)と体が熱くなると言われています。
人はこの世にお別れを告げるとき、「ふー」っと1度息を吐くそうです。
この時、体の中の「ひ」が居なくなるそうです。
「ひ」が「いぬる」ことで「ひ・いぬ」。これが訛って「しぬ」という言葉が生まれました。
体の中の「ひ」(「火」)が抜けるわけですから、体も冷たくなるのです。
この「ひ」は霊代(みたましろ)に宿ります。
そして共に生きた家族たちを見守る為に祖霊神として祖先の御霊と共に祖霊舎(それいしゃ)の中に存在し続けます。
私たちは祖霊舎の中の霊代(霊璽=れいじ)を通してご先祖を想います。
ご先祖様も温かい心で私たちを見守ってくれます。
このお互いの真心がつり合うことを「ま・つりあう」。これが訛って「まつり」と言います。
神道の「○○祭」とはこの言葉から来ています。
神道(祖霊舎)と仏教(仏壇)の祀り方の違い
今の日本には多くの「先祖供養」のやり方があります。
一番神道と比べられるのは仏教でしょう。
仏教徒の方は自分が属する宗派に合った仏壇を購入し宗派のご本尊となる仏像をお祀りします。その脇にご先祖の位牌を安置して、仏像(仏さま)を通して祖先を想います。
仏像をメインとしたお祀りの為、おもてなしの気持ちから揃える仏壇や仏具もきらびやかなものが目立ちます。
また仏教ではご本尊となる仏像や位牌は目で見てお祈りします。
これに対して神道では、自分たちの祖先が神様そのものと成りそして祖霊舎にて祀られます。
直接御霊(ご先祖)と向き合って手を合わせるのです。
用意する祖霊舎、霊代も神道の考えから「偽りのない本当の姿」すなわち「塗装をしない」「生地のまま」の「穢れのない白い木」白木(桧)作りです。
祖先を想う気持ちが形になったものですので、神具もシンプルで、土から作られた陶器(白い瀬戸物)などで揃えます。
揃えるものは、
さかき (一族の繁栄(「さかえる」)を願う)
ご神酒 (「いのち」の「ね」である「いね(稲)」から採れるもの)
米 (大地の恵みの代表)
塩 (海の恵みの代表)
水 (すべての生き物の命の源)
ローソク (聖域を清める炎)
鏡 (心の中の神を映し出す)
の基本7点です。
また神道では、神は神聖なもので直接目にしてはいけないもの(目に見えぬもの)との考えから、仏教の位牌とは違い、祖霊舎に納める霊代(霊璽=れいじ)には鞘(さや)と呼ばれる蓋が付き、人の目に触れぬように気遣われています。この鞘は一年365日外すことはほとんどありません。
この点が神道と仏教の大きな違いです。
神道の霊号について
神道の霊代(霊璽)に書かれる霊号(れいごう)とは仏教の戒名、法名にあたり、神様の世界での名前です。
通常、生前の姓名に「命(みこと)」という文字を添えたおくり名を使用します。
神社によって、または亡くなった方の年齢により多少の違いもありますが、
男性の場合は「○○○○大人之命(うしのみこと)」
女性の場合は「○○○○刀自之命(とじのみこと)」が一般的です。
霊代(霊璽)の裏側には亡くなられた方の『生誕日』『帰幽(きゆう)日(=亡くなられた日)』『享年』を書きこみます。

神道と仏教の名称の違い
神道と仏教、それぞれの名称をご紹介します。
神道の「神葬祭(しんそうさい)」は、仏教の「葬式」にあたります。
神道の「霊代・霊璽(みたましろ・れいじ)」は、仏教の「位牌」にあたります。
神道の「霊号(れいごう)」は、仏教の「戒名」にあたります。
神道の「十日祭(とおかさい)」は、仏教の「初七日」にあたります。
神道の「五十日祭(ごじゅうにちさい)」は、仏教の「四十九日」にあたります。
神道の「祖霊舎(それいしゃ)」は、仏教の「仏壇」にあたります。
神道の「玉串料(たまぐしりょう)」は、仏教の「お布施」にあたります。
神道の「祝詞(のりと)」は、仏教の「お経」にあたります。
神道の「奥津城(おくつき)」は、仏教の「お墓」にあたります。
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