神道と仏教の結びつき
日本と言う小さな島国に生まれた日本人は自然の恵みをもらうことで生かされていることに気づき自然とはなんと尊いものだろうと感じ自然そのものを神として感謝の気持ちを持ちました。
また、自然の超越した力に恐怖も感じ神はとても怖い存在とも考えました。
神道では、自然を尊び、また恐れる気持ちからあらゆる全てのものに神が宿ると考えていたのです。
それゆえ日本には八百万の神というたくさんの神々が存在するのです。
神が宿るものを依代(よりしろ)と言います。
また、神霊の鎮まる場所を神奈備(かんなび)と言います。
神奈備の代表的なものは山や森で、特に霞がかった山には何かが居られるようで、このことから「神」が「住む」で「か」「すみ」と言う言葉が生まれたとも言われています。
その雄大さや厳しい自然の環境に人間には到底なしえない力の大きさと恐れを感じ神と言う存在を映し出し自然と手を合わせるようになったのが山岳信仰です。
山岳信仰はやがて修験道という日本古来の宗教を生み出します。
山へ籠って厳しい修行をして自然界(神)の神秘的な力を得て悟りを開くことを目的とするものです。
悟りとは「神」との「差」を「取り」除き自分が神の様になることを言います。
「さ」「とり」です。
ちなみに、修験道の修行をしているものを山伏と言います。
やがて日本に仏教が広まります。
平安時代ごろから土着の神々への信仰は仏教に取り込まれていきます。
仏教の他を排除しない融合の思想から神仏を完全なる曼荼羅の世界に取り込みひとつの宇宙を作りだしたことから神仏習合の考えが進み始めます。
神仏習合は少しずつ広がりお寺の中に神社ができ、神社の中にもお寺ができ始めます。
平安中期になると神と仏はひとつのもの、神は仏が人々を救うために姿を変えて現れたものと言う「本地垂迹(ほんちすいじゃく)」の思想も現れました。
明治初期に神仏分離が進められ、神と仏、神社と寺は完全に分離されましたが今でも習合の思想はあちこちに残っております。
このようなことから、日本の神々への信仰には仏教の考えが多く取り込まれております。
もともと神様は感謝の存在であり願い事を伝える存在ではありませんでした。
それが仏教の考え方が入ることで日本の神々も万能神と変わり人々の願いを伝えられる存在となりました。
「現世利益(げんぜりやく)」などはその代表的なもので、神・仏の「ご加護によりご利益を頂く存在になったのです。